北海道産有機ライ麦を使うことで農家さんを応援しているお店をご紹介①【チクテベーカリー】(東京都・八王子市)


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突然ですが、『リジェネラティブ農業(環境再生型農業)』という言葉を聞いたことがありますか?

「土壌の健康を育みながら化学肥料や農薬の使用等による環境負荷を減らしていく持続的な農業」と国が位置づけ、全国的に推進を始めました。

北海道十勝地区に本社を置く「アグリシステム株式会社」さんでは、《健全な土と安全な食を未来につなぐ取り組み》をモットーに、土づくり、営農のサポート、有機栽培の推進、大規模オーガニック農業の挑戦をされています。

私は4年前に東京農大のオープンカレッジで「アグリシステム」の伊藤英拓社長が話してくださった、これまで見たことも聞いたこともない土壌作りに衝撃を受け、それ以降、SNSでも活動を拝見したりクラウドファンディングに参加したりしています。

『環境再生型農業』の手法の一つに「ライ麦栽培」というのがあります。
従来、日本では食用としてではなく、緑肥として広く使用されてきたライ麦。根張りがよく畑の保水性や排水性があるなどの土壌改良効果が期待できます。
ですが、今まではあくまで土の緑肥として、収穫はされずに畑にすき込まれていました。

「アグリシステム」は有機農業に適した食用品種“ハンコック”がアメリカで育種されたと知り、独自にタネを取り寄せ、試験栽培を行ってきました。
その結果、この品種の栽培に北海道の気候がとても適しており、痩せた土地でも育つので、化学肥料や農薬に頼らなくても一定の収量が見込まれることがわかってきました。
緑肥としての効果も期待でき、食用として出荷もできるライ麦は、輪作体系の改善においても大いに期待できます(*1)

でも、せっかく安全で美味しいライ麦が育っても、それを使ってパンを作る人、そのパンを食べる人、と裾野が広がらなければ環境再生型農業は続けてゆけません。
私たち、そして子供たちの未来が安心して暮らせるものになるよう、素材選びにこだわったお店をシリーズでご紹介していきます。

第一弾は、八王子市・南大沢にある「チクテベーカリー」の北村千里シェフに話を聞いてきました。

どのような商品に北海道産有機ライ麦“ハンコック”を使っている?

「ハパンコルプ」というフィンランドのパンです。
ハパン=パン、コルプ=硬い、という名のとおり硬いフラットブレッドで、スウェーデンのクネッケみたいにスープを掬ったり、料理に添えたりする脇役のパン。日持ちもします。

スナック的でもあるし主食でもあるパンで、フレッシュチーズとあわせて蜂蜜をかけたりしても美味しいです。
プレーンとハーブの2種類作っていて、プレーンは粉の味をシンプルに楽しめて、ハーブはお料理に添えるのにもいいですね。

販売場所は「チクテベーカリー」ではなく、徒歩数10秒の隣の建物に9月にオープンした、衣食住の複合スペース「BANK」内にできた「cicoute kiosque チクテ キオスク」になります。

ハパンコルプ(右:プレーン、左:ハーブ)

青山などにあるスーパー「紀ノ国屋」のベーカリーで20年以上前から販売されていて、お店でも以前からイベントなど不定期で作っていました。
気に入ってくれたお客様から「あれ作って!」と言われる印象に残る人気のパンでした。

昨年、北海道の農家見学に行く際にお土産として何か面白いパンを持って行きたいなとハパンコルプを持参。
今年はハンコックの存在を知ったのでこれで作って北海道の皆さんの手に渡ったら嬉しいなと試したら美味しくできあがり、今回の販売に繋がりました。

粉はハンコックを78%使用、発酵種もライ麦のサワー種のみなのでライ麦の比率はかなり高いです。
他には雑穀(ひまわりの種、黒米、きび、あわ、胡麻など)、オリーブオイル、塩だけとシンプルに仕上げてます。
食べると甘みを感じるのですが、おそらくその甘みはハンコックの甘みなのかなと。

お店のある南大沢三丁目商店街は築40年になる団地の一角にあり、高齢者が多く住むエリアですが、少しずつ若い世代が入ってきている印象はあります。
茶色くて硬めのハード系のパンが並ぶ店なので、ここから1駅離れた場所で20年前に店をオープンしたときは惨敗な日々でした。地道にじわじわとお客様が来てくれるようになり、移転してきた10年前からは客層も年齢層も幅が広がりました。

キオスク開店から1週間経ちますが、ありがたいことに年配のお客様のリピートが多い商品です。なんだかクセになる味なのよね、とおっしゃっていただけています。

以前からお店で使っているライ麦とハンコックの違いは?

ライ麦のメインは群馬県太田市にある「上原ファーム」さんの細かい挽きのものと、北海道音更町の「庄司農場」さんの中挽きのものを使用しています。
上原さんには製粉もお願いしていますが、すごく綺麗に細かく挽いてくださいます。

過去には北海道江別市「江別製粉」さんの北海道産ライフラワーを使っていましたが、一時期出荷停止の期間があって使えず、日本では無理かなと思いドイツのBioのライ麦を使ったこともありました。
でも、やはり上原さんのライ麦が味も良く綺麗なので切り替えました。

「上原ファーム」さんはライ麦栽培農家がまだ少なかった頃から作っていた丸山さんから業務を引き継ぎ、農薬を使わない自然栽培をしているので応援もしたいのです。
また、上原さんのライ麦でサワー種を起こして長年使っているので、これからも使い続けたいです。

「アグリシステム」さんのハンコックは製粉技術が素晴らしいです。パンに使いやすそうな綺麗な粒子で、細かいのに味がしっかりしているなと感じました。
香りに違いはわかりにくいのですが、上原さんのは国産のライ麦らしいやさしい味わい、アグリシステムさんのほうは少し立つ感じですが、どちらも酸味とかはないですね。
上原さんのと比べてまったく違うとは思わなかったので逆に慣れた感じで使いやすいです。

他にライ麦を使ったパンは?

セーグル100%(ライ麦サワー種)を週1のみ、このパンを好きな常連の方がいらっしゃるので。
また、セーグル40%(ライ麦サワー種とレーズンの液種)でドライフルーツを使った食べやすいものを3種類作っています。
「上原ファーム」さんと「庄司農園」さんのライ麦をバランスを考えて使用しています。

ハンコックを使うようになったきっかけは?

「パン食文化研究室」で国産小麦&ライ麦の普及に努めている青沼一彦さんから、「アグリシステム」さんが面白い品種を作るらしいとお聞きして。
「アグリシステム」さんには毎年圃場の見学に行ってお世話になっています。
数年前からライ麦に力を入れているのを聞いていて、農家さん達にライ麦を作ってほしいとお願いしていたようなのですが、翌年同じ農家さんに「今年もライ麦作ってますか?」と聞くと「今年はもうやめたんだよ」という声が多く、普及しなかったようで気になっていました。
そこに、今回のハンコックの話をいただき使ってみることにしました。

ライ麦にも小麦のように品種があるはずなのに意外と農家の皆さんは「よくわからない」とお答えになります。
日本のライ麦は“春香”が主だそう。
青沼さんから、アグリシステムさんも一昨年までは春香だったのを食用品種であるハンコックを独自に取り寄せて圃場で作ったら美味しかったので「有機に転換期間中の農家さんにも作ってもらいたい!ライ麦を輪作の一つとして何年かに一度作れるくらい安定させたい!」と尽力していることをお聞きしました。

最初は土壌に効果があるとは知らず国産ライ麦の需要が少しでも上向きになればと使っていましたが、ライ麦を作る農家さんが少ないこと、有機のライ麦だとさらに希少なこと、今だけでなく10年先、もっと先の農業だったり継続できる形での農地であってほしいという想いがあるので、アグリシステムさんの取り組みを応援したいです。

パンも小麦ありきでできているし、国産小麦も継続できる形だったり仕組みがないとお客様の手に渡るのが難しくなりますからね。

ハンコックを使ったパンを実食


◆ハパンコルプ(プレーン)
長さ20cmはある、薄焼きで硬いパン。
パリン!お煎餅のような割れ方。ポリポリボリボリという咀嚼音。

チーズのような発酵の風味がして、噛んでいくと胡麻、種の食感が代わる代わる顔を覗かせて口の中が楽しい。
味付けは塩だけなのにお醤油のような香ばしさが広がり、鼻からもその美味しい香りと優しく爽やかなライ麦の香りが抜けていき、ずっと食べていたくなります。

年配の方がこれを好むのは、お煎餅に似ていて口に含んでいると旨味が広がってくるからなのでしょうね。
初めて食べましたがどこか懐かしさを感じるお味で、日持ちもするのでまとめ買いしてしまいそうです。

お店で人気のパンもご紹介


◆noah 10 ミッシュ
北海道の中川さんが、ライ麦、スペルト小麦、現代小麦を混ぜて一緒に圃場に撒く農法で作った麦(混播小麦)を使っているそう。多品種ならではの風味の良さやその時々で違う風味なのが面白いのだそう。
そういう農法があることを初めて知りました。

ライ麦単体ではないのでライ麦が苦手な人も気にならない香り。しっかりと焼き込んだ濃く深みのあるクラスト。
酸味はほとんど感じず、甘みを感じるクラムは、もちっとしたあとにもろもろと解けていく感じ。

蒸したかぼちゃのスライスをのせてオリーブオイルと岩塩をかけたオープンサンドにして食べてみましたが、かぼちゃの甘みとよく合って美味しかったです。
スープに添えたり、サンドイッチにしたり、合わせるものを選ばないパンですね。


◆黒糖マカダミアのCバゲット
初めてお店を訪れた際に下調べして私も買ったCバゲット。
波照間島産の黒糖がすごく美味しいのでこれに変えたらとても人気が出たんです、と北村シェフが教えてくれました。
Cモチーフのどっしりとした膨らみのある見た目からは弾力が感じられます。

おぉー、結構なひきがあります。軽い酸味も。マカダミアナッツがこれでもか!とゴロゴロ入っているのが断面からもわかりますよね。
ナッツのコク、黒糖のほんのりと優しい甘み、粉の味をしっかりと感じられるむぎゅむぎゅな生地が美味しい。

チーズ味、チョコ味と現在3種類ありますが夏でも人気が落ちなかったのがこの黒糖マカダミアだそう。

これからのお店の展望は?

“できるだけシンプルに”

体力的にどこまで自分がやれるかという心配が常にあります。
最終目的は、一生現役とまではいかなくても長く続けていきたいです。
そのために都度変えていくのはもちろんのこと、長く続けることを考えていくと物事がどんどんシンプルになっていきます。すると、無駄が削ぎ落されて「本当に作りたいもの、本当に食べてほしいもの」に行き着くのかなと思っています。
そのきっかけが自家製粉だったり、農家さんを訪れることだったり。

でも、シンプルにしていくつもりが9月から「チクテキオスク」をスタートさせたりして、予定通りにはいかないものだなあと思いながらも、面白い方向に繋がっていけばいいな(笑)、とおっしゃっていました。

さらに変化していくチクテさんが楽しみで、ますます目が離せません!

cicoute kiosque(チクテキオスク)が入っている「BANK」の外観

(*1)facebook「アグリシステム株式会社」畑をよくする美味しいライ麦の話 参照

SHOP INFORMATION
【店名】チクテベーカリー
【住所】東京都八王子市南大沢3-9-5
【電話番号】042-675-3585
【営業時間】11:30~18:30
【定休日】月・火

※写真の商品の種類、価格は、2023年9月現在の情報となります。営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗もしくはSNSなどでご確認ください。

 


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この記事を書いた人

岩田聡子

岩田聡子 さん

パン屋さんめぐりは人と人を繋ぐ。転勤族&専業主婦の私でも気づけばパンを通じて友達の輪が!!旅行好きな主人と地方のパン屋もめぐってます。